日経ビジネス 2006年11月27日号

p. 50 「第2特集:「お母さん」を狙え!任天堂Wiiに託すお茶の間攻略」

携帯型ゲーム機ニンテンドーDS」のヒットで好業績を謳歌する任天堂
12月には据え置き型ゲーム機の大型新人、「Wii」が店に並ぶ。
ユーザーの“天の声”を先取りし、商品化する力はどこまで強いのか。
Wiiの開発秘話、そしてトップの発言から強者の明日を探った。

 「(2枚のうち)タッチパネルを1枚使うのはどうだろう?」
 任天堂の快進撃のきっかけとなったのは、「スーパーマリオブラザーズ」の生みの親であり、2002年から専務情報開発本部長を務める宮本茂のこの一言だった。2003年の前半、京都市の本社近くにあるゴルフ練習場。その2階にあるカジュアルなイタリアンレストランで、前年の5月に社長に就いたばかりの岩田聡と昼食を食べている折のことである。

このネタの詳しい描写は初かな?この光景を妄想できるのが面白い。

 宮本は、岩田の言わんとすることがすぐに分かり、賛同した。これまでのようなゲームソフトはどうも流行らない、「スーパーマリオ」のように世の中を変えているという手応えがどうも得られないと、前々から感じていたからだ。「NINTENDO64」向けに2001年に出したゲームソフト「どうぶつの森」は、そういう実感に対する宮本なりの1つの回答だった。熟練を重ねて勝利を得たり、高得点を得るのではなく、触っているだけで楽しい――これが「どうぶつの森」の開発コンセプトだったのである。
 竹田も、ほどなく岩田の言うことに賛同する。実は2001年9月に発売された「ゲームキューブ」にも、岩田の唱える危機意識はそれなりに反映されていたからだ。
 ゲームキューブのコントローラーはAボタンだけが大きく目立つ。ボタンが多くなり、操作が難しくなってユーザーがゲームから離れているという疑念への答えとして、最初に押すボタンは誰が見ても分かるようにしたのだ。
 しかし、Aボタンを目立たせたくらいの変化ではユーザーにアピールできなかった。ならばどうするか。
 「技術のロードマップを外れた据え置き型ゲーム機を作りましょう」
2003年になって、岩田は竹田にこう確認した。
(中略)
 「高機能・高画質ではない手段で、たくさんのユーザーが楽しめる据え置き型ゲーム機を目指す」
 3人の意見は一致した。だが、社内からは疑念の声が多く上がった。岩田らは2つの方法で社員を説得にかかった。1つは時間をかけて丁寧に説明すること。もう1つは目標を具体的に示すことである。
 任天堂の目指す原点は人が驚くものを作ることであって、最先端の技術はそのための手段に過ぎない。限られた時間と予算で作り上げたものを示してお客さんに驚いてもらうには、どんなバランスがよいのか。そのバランスを考えた結果、任天堂は最先端の技術を追求する以外の道を選ぶ――岩田らは社内に向かってこう語り続けた。
 即座に「その通り」と反応する社員が数多くいた一方で、方針転換になかなか踏ん切りのつかない社員もいた。しかし、2004年12月にDSが発売され、市場の好感を目の当たりにすると、懐疑的な姿勢を崩そうとしなかった社員も態度を変えるようになった。
 岩田らは、こうした地道な説得と併せて、どんなハードを開発するのか、具体的な目標を定めていった。

危機感の原点は岩田社長だったが、宮本さんも竹田氏もそれに似た危機感はすでに持っていた、と。そしてその波が社内全体へと広がっていく。自分は決して任天堂社員ではないが、「任天堂が目指す原点は〜」のセリフにはものすごく説得力を感じる。だからこそ「即座に「その通り」と反応する社員が数多くいた」だったのだと思う。

 「ゲームに関心のなかった人にも邪魔に思われないような、特に家庭のお母さんに嫌われないようなゲーム機というのがキーワードでした」
岩田はこう振り返る。
(中略)
 岩田は宮本、竹田との打ち合わせ中に、自分の部屋からDVDソフトのケースを2〜3枚持ち出し、それを重ねて「本体はこの大きさに収めたい」と明言。併せて低消費電力も開発の条件にした。
(中略)
 加えて岩田は「夜寝ている間はゲーム機内部の放熱用のファンを止める」という条件も出した。夜中にファンが回っていれば、お母さんがうるさがって電源を抜いてしまうからだ。
 こうしたリクエストを、ハード部門のスタッフとともに一つひとつクリアしていった竹田は振り返る。
 「ハードの技術者は、最初はやはり不安に思っていましたよ、ロードマップから外れたものを作るという判断に対して。そもそも何を作ればよいのか、最初は具体的な案がなかったわけですから。ただ、こんなものを作ればよいのかという答えというか目標が見えだしてくると、やっぱりこれだね、これでいこうとなってきましたね」
 問題はコントローラーだった。ワイヤレスでゲーム機本体とつなぐことと加速度センサーを内蔵することは早くから決まっていたが、それ以外はまさしく試行錯誤の繰り返し。ここでモノをいったのが、ソフト部門とハード部門の連携である。
 DSの開発以降、任天堂社内では、新しいハードを開発する時、そのハードで遊ぶサンプリングプログラムを必ず作り、そのソフトを動かしてハードの出来を評価するようになっていた。DSを開発する時、そういう手順を踏んで成功したからだ。
 Wiiのコントローラーを開発する時も、ハード部門の担当者が「こんなコントローラーを作ってみた」と言うと、同じ建物の中にいるソフト部門の担当者が直ちにサンプリングプログラムを作り、1週間後にそのコントローラーを使って実際にソフトを動かしてみる試みが何十回と繰り返された。
 2004年の後半になると、ハード部門とソフト部門の担当者同士のやり取りのほかに、社内のゲームソフトのプロデューサー40人ほどを集めての“品評会”を、ほぼ2カ月に1回の頻度で実施した。

当初、「レボリューションのサイズはDVDソフトのケースの2〜3枚ぐらい」という情報があったがその出所は“できた結果”ではなく実は“目指した目標”だったようだ。「お母さんに嫌われないゲーム」をキーワードにさまざまなことが煮詰まっていったというのは非常に興味深い。
ソフト部門とハード部門の連携も任天堂らしいエピソードだ。

 いくつもの候補が浮かび、消えていった。それでも、なかなか決まらない。
 「もう、どうせなら“棒”でいきましょう!」
 2004年12月、ハード部門のコントローラー開発チームのリーダーがこう提案したのをきっかけに、それから3カ月かけて、現状のコントローラーに絞り込んでプランが練られた。
 岩田は当時をこう振り返る。
 「片手で棒状のコントローラーを使うことを前提にしたら、いろいろな展開がすぐに浮かんだ。今回、同梱する通称“ヌンチャク”のように別の形のコントローラーをつなげて一緒に使おうとか、コントローラーを差し込めばダンスマットがそのままコントローラーになるとか…。経験則で言うと、これだけいろいろな展開がすぐに考えられるアイデアは、筋がいいんですね。正解を見つけたという手応えがあった」

Wiiコントローラの試作品の写真が掲載されているが、棒状に行き着くまでかなり苦労したことがよく分かる。中にはGCのボタン部を残した、GCより大きいコントローラもある。
私自身としては「誰もが使えるインタフェース→テレビのリモコン→これをゲーム用にアレンジすれば」という流れだと勝手に思い込んでいたが、これを読む限りではそうでもなかったようだ。様々な苦悩を見た神様が開発チームに与えてくれたものなのかもしれない。

 しかし、新しい据え置き型ゲーム機の開発はまだ終わりではなかった。「どうすれば家族全員に関係のあるゲーム機にできるか」という課題を解決する必要があったのだ。
 「Wiiはテレビにチャンネルを増やすような機械にしましょう」
 岩田はこう書いたメモを宮本と岩田に渡し、2004年末から2005年始めにかけて、そのための方策を話し合った。
 竹田が提案したのは「everyday newness(毎日新しいものを)」というコンセプト。具体的には、天気予報とニュースのような、家庭のお母さんが見たいと思うようなものをWiiでも見られるようにすればよい。
 宮本は違うことを考えていた。
 「ゲームをやろうと思わないでテレビを見ているユーザーのところに、知り合いの誰かが画面の中から『ゲームやろう』と誘ってくれたら面白い…」
 宮本のこのアイデアを実現したのがWiiの中にある「Mii」と呼ばれる機能だ。
(中略)
 この3人の話し合いを受け、社内の部門横断チームが開発したのが「Wiiチャンネル」である。
(中略)
 竹田は言う。
 「据え置き型ゲーム機ならではの特徴は何だろうと考えたら、やはり共有だろうと。いろいろな人が関係するなら、ものすごく多機能にならないといけないわけです。まずはいろいろな機能を用意して親しんでもらう。そして、どこかの段階で、これまで疎遠だった人にもゲームを楽しんでもらいたい」

チャンネルをひらめいたのは岩田社長だった模様だ。宮本さんのMiiイデアは実に宮本さんらしいエピソードだ。きっとどこかでそのアイデアが浮かび、ポストイットに書き込まれたのだろう。

 任天堂の強みは、お客の動向を先取りする新製品をいち早く送り出せる能力にこそある。実はそこは昔も今も変わらない。任天堂の社風でありDNAだからだ。その能力をことさらうまく引き出せたのは、新しさを求めて議論を重ねることを厭わず、さらにそこで決まった方針を社内に浸透させるために努力する岩田の力である。
 「とにかく経営陣同士で話し合う機会が増えた」という宮本の言葉がその証左。オーナー経営が主流のゲーム会社としては極めて異例の「6人の代表取締役」という集団指導体制は、目下のところ吉と出ている。

オーナー経営から集団指導体制に変わったことに私自身も少し不安を抱いていたが、すでに任天堂には確固たる基礎があった。だからこそ社長が変わったというこの新しい風を最大限活かす事ができたのだと思う。

任天堂を支える3人に聞く 「勝算のにおいはする」

DS絶好調、Wiiへの期待感も高まるばかりで死角なしに見える任天堂
だが油断は禁物。ソフト開発に課題は残り、市場動向もまだ読み切れない。
任天堂を今日の成功に導いた“3本の矢”に次の一手を聞いた。

任天堂への疑問1
高性能のPS3に勝てる?
(中略)
宮本: 我々は、ずっとお母さんがターゲットだと思って、お母さんの敵にならないソフトを目指してきました。「ゼルダの伝説」がそうだし、「ニンテンドッグス」をそうですよね。それはずっと変わっていない。お母さんはCell(の性能)には喜ばないでしょ。だからソフトの現場は割と早い段階でそこへの興味がなくなってました。
(中略)
岩田: 別にハイエンドに恨みがあるわけでもないし、高性能が嫌いなわけでもない。何が一番バランスがいいかということを考えると、こうなりましたということなんです。
 でも10年後も同じかどうかは分かりません。別に10年間歩みを止めたままでいるつもりはないのでね。その時、その時の環境に合った提案があるんじゃないのかなと思います。

GCの件で、ハイエンドに恨みがあると勝手に(ry
「その時、その時」か。この発言は心強い。

任天堂への疑問2
Wiiでも「脳トレ」を出せる?
(中略)
岩田: そこで今、部署横断的な「ユーザー層拡大プロジェクト」をやっています。
 現在はプロジェクトの第2期で、メンバーは総勢30人前後。営業本部や製造本部、それからシステム部などの管理部門の人も交ざってもらい、頑張ってもらっています。非開発系の部門からのアイデアが1つ具現化しそうなんですよ。
: 具体的にはどんなものですか。
宮本: ユニークですよと言うしかないですね(笑)。
岩田: アイデアを出したのは若い女性で、それ以上は…まだ言えません。ゲーム機でこんなことさせるか、と皆さん思うと思います。順調にいけば発売は来年の春ですね。
 遊びに関してはお客さんに自由がないとダメなんですよ。だから、5分かかわって、それでおしまいにしたい人もいれば、1時間以上俺に遊ばせてという人までいるわけで、そのどっちのニーズにも応えないといけない。それでいつも苦労するんですけど、でもそこができた時に本当に手応えのあるものになる。やっぱり広がり方が違いますね。
(中略)
岩田: Wiiでも「脳トレ」のような、家族の関係が変わる、本当の意味で劇的に世の中を変えてしまうソフトをいかに早く生み出せるかが課題になってくると思います。勝算のにおいは感じて仕事をしていると思うのですが、どうでしょう、(同席した2人を見て)自信のほどは。
宮本: いつも妙な自信だけはあって、においはするんですよ。ただ、本当に仕込めているかと言われるとどれがそれに当たるのか分からないですね。
(中略)
(問:Wii Sports脳トレに当たる?)
岩田: (中略)だけど、もっと全員が興味を持つテーマが絶対にあるんです。
宮本: 今は、とりあえず(健康をテーマにしたゲームの)「ヘルスパック」というものをやろうと。構造は、もうだいぶ出来上がっています。発売時期は来年の夏から秋ぐらいでしょうか。
岩田: 健康を気にしない家族はいない。絶対に興味がある。この絶対に興味があるものに対して、毎日電源を入れる動機ができたら、これはものすごい巨大な市場ができると思いますね。
: 「体を鍛える大人のWiiレーニング」というイメージですね。脈拍を測るような機器をつけるのですか。
竹田: そうですね、ワイヤレスですから、あればそれは…。まだ言えないですね(笑)。

健康をテーマにした「ヘルスパック」よりも自信がある“何か”が一体どんなものなのかとても気になる。健康に関しては誰でも考えられそうなテーマだからここまでオープンなのだろう。

任天堂への疑問3
リビングの覇権を握れる?
: Wiiにはインターネットから各種情報を入手できる「Wiiチャンネル」があります。しかし、お茶の間の覇権に対しては、米マイクロソフトや家電メーカーなどが虎視眈々と狙っています。勝算はありますか。
岩田: 別にリビングルームの覇権を握って、大儲けしようと考えて作ったわけじゃないんです。そうじゃなくて、どうしたら毎日電源を入れてくれるか、どうしたら家族の誰も敵にしないものになるかを考えて作ったら、リビングの覇権をついてくるかもしれないね、という箱になった。最初から狙ってはいないけれど、気づいたら正解に一番近いところにいるかもしれない。
(中略)
岩田: 別に、ことさら強調したくはないですけれども、Wii内蔵のウェブブラウザーを使えば、(動画投稿サイトの)「YouTube」も見られちゃいます。僕らがWiiチャンネルのコンセプトの話をしていた頃、「これはテレビと家族とゲームとネットの関係を変えるものですよね」と言っていました。
宮本: すごく楽しみにしているのは、例えばブッシュ大統領の人形を作れと言った途端に、世界中から何万体かの人形がずらっと出てくる可能性があるんですね。パソコンの複雑な仕組みを使わなくても、全く新しい遊びがテレビで簡単にできてしまう。
(中略)
竹田: (中略)やっぱり電源を入れればすぐに使えるという特徴を生かしたい。例えば家計簿は、いちいちお母さんはパソコンを立ち上げて使わないけれども、Wiiだったら家計簿チャンネルがポンと立ち上がって簡単に使えたりとか。そういう要素はありますよね。
: Wiiチャンネルはどのくらいの収益効果をもたらすのでしょうか。
岩田: 今ここで稼ぎます、と言っても、それはまだ捕らぬ狸の皮算用だと思います。実績ができたら、後から考えればいいんですよ。
: Wiiを組み込んだ液晶テレビを家電メーカーが作れば、Wiiチャンネル地上デジタルテレビを組み込んだりと、可能性が広がりますね。
竹田: 家電メーカーは皆さん、リモコンと言った時にピンときていますよ。まあ、ちょこちょこ話は…。
岩田: 拒む理由はないですよね。僕らが作ったものがうまく使われるなら、ありがたいことです。

そういえばリビングの覇権争いとかあったなあ。あまりに誰も成功しないので忘れてた。
家電メーカーと組んでのWii内蔵テレビという動きも気になる。Wiiが内蔵されてなくてもテレビはブラウザもどきを搭載してたりするので、Wiiリモコンがテレビの第2のインタフェースとしてデファクトスタンダードになる可能性も?

任天堂への疑問4
お金持ち批判にどう答える?
: 現預金が8000億円とキャッシュリッチです。経営資源の有効活用ができていないなどの理由で敵対的買収を仕掛けられる恐怖感はないですか。
岩田: もちろん、何も感じなかったらいけないですよね。だけど、1年前と比べて危険になったかというと、そうではない。緊張感は変わりません。
(中略)
 そして、任天堂は米IBMNECといった外の企業と組んでハードを作っています。「技術のロードマップに乗らないことをしてください」なんてひどいことを言っても、(パートナーは)ついてきてくれる。それは、任天堂からは絶対に取りっぱぐれないと思ってくださっているからなんですね。我々はキャッシュリッチでないとできっこない仕事をしているんです。
 他の業種の常識を当てはめて、資本効率が悪いとか、どこかのソフト会社を買収したらどうかというような話にすぐなってしまうんですが、我々は世界一お金持ちの会社や、世界一の家電メーカーと競争しているわけですよ。
 これから一層ビジネスリスクが大きくなるのは明らかで、今でさえ資金が十分とは言えません。そうは言っても、内部留保一辺倒では世界中にいる株主の理解を得られないので、しっかりと配当で還元していきます。
: 確かに、Wiiが売れる保証はないですね。
岩田: まだ1台も売れていないし、全然売れないかもしれない(笑)。ただ、手応えが返ってくるまで何年かかるかは分かりませんが、舵を切った方向は正しいという確信はあります。

「我々は世界一お金持ちの会社や、世界一の家電メーカーと競争しているわけですよ。」
これを読んで、改めてとてつもなく大きいものを相手にしていることを再認識した。というか、「Wiiは他社のゲーム機と競合しない」と言いつつも本心は…というのが読み取れるなあ。
中略が多すぎたかなあ。本当は全部載せたいけど、まあ大人の事情でw 「ここの中略がどんな内容か知りたい」などあればコメントください。
それにしても竹田玄洋氏を拝見できたのは凄く久しぶりだ。大きな衝撃を与えてくれたロクドリ創刊準備号でのインタビューは決して忘れません。